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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1548号 判決 1986年5月30日

原告 レオンハルト・アンド・ブルームベルグ

右代表者 フランク・レオンハルト

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 窪田健夫

同 桝本安正

右原告両名訴訟復代理人弁護士 山口伸人

被告 ユアサ産業株式会社

右代表者代表取締役 横山寿一郎

右訴訟代理人弁護士 根本博美

同 西山安彦

同 奥山量

同 輿石睦

同 松沢与市

同 寺村温雄

右訴訟復代理人弁護士 坂井秀行

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告レオンハルト・アンド・ブルームベルグに対し金七億二七六五万円及びこれに対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を、原告シンプソン・スペンスアンド・ヨング・シップブローカー・リミテッドに対し金四四七五万〇四七五円及びこれに対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告レオンハルト・アンド・ブルームベルグ(以下「原告レオンハルト」という。)は、船舶を所有し海上運送業を営む会社であり、原告シンプソン・スペンス・アンド・ヨング・シップブローカー・リミテッド(以下「原告シンプソン」という。)は船舶の販売、傭船等の仲介業を営む会社である。

2  被告は、種々の物品の売買及び貿易業を営む会社である。

3  原告レオンハルトと被告との間に昭和五三年一〇月二〇日、訴外新山本造船株式会社(以下「訴外新山本」という。)において建造中の船体番号二〇九号の船舶(残工事は、訴外日本海重工業株式会社((以下「訴外日本海重工」という。))において施工されることになっていた。)について左記のとおり売買契約が成立した。

(一) 船価 六一五万米ドル

(二) 引渡時期 売買契約書作成の五か月後

(三) 代金決済方法

(1) 売買契約調印の際、船価の一〇パーセントを現金で支払い、残りの九〇パーセントにつき信用状を開設する。

(2) 右信用状に基づき、工事着手の際に一五パーセント、進水の際に二五パーセント、引渡の際に五〇パーセントを支払う。

4  (ブローカーの役割)

右売買をめぐり、被告側には訴外飯野海運株式会社(以下「訴外飯野」という。)が、原告レオンハルト側には原告シンプソンがそれぞれブローカーとして関与し商談を進めた。

これらのブローカーは、それぞれの依頼者のために売買価格、その決済方法、引渡時期について交渉して売買契約を締結する代理権を有していた。

仮に、右ブローカーが、売買契約を締結する代理権を有していなかったとしても、各ブローカーは、それぞれの依頼者の意思を相手方に伝える使者であった。

5  (目的物の特定)

本件売買の目的物件は、訴外新山本で建造中の船体番号二〇九号(一万八〇〇〇重量屯)の多目的型貨物船(以下「本件船舶」という。)であり、売買物件の内容は以下のとおり充分特定していた。

(一) 本件船舶は、もともとドイツの船主ゼッペンフェルトが発注したもので、原告レオンハルトも同じドイツ国内の船主であるため、本件船舶については充分な情報を技術監督を通じて入手していた。

(二) また、本件の売買交渉が正式に始まる前である昭和五三年九月一一日に原告レオンハルトは本件船舶の一般仕様書を既に入手しており、右一般仕様書には本件船舶の主要項目はほとんど全部網羅されているので、専門家が読めばどのような船が建造されるのかは充分理解でき、商談を進めることは可能であった。

(三) さらに、その後原告レオンハルトは、機関部門の図面等、多くの図面、仕様書を参考資料として受け取り、専門家が検討ずみであるので、売買物件に関する内容は充分に知っていた。

なお、右図面、仕様書中には、船体番号が二一〇号と記載されているものもあったが、原告レオンハルトは、船体番号二〇九号と二一〇号が姉妹船であることも充分知っていたので、格別気にはしていなかった。

6  (本件契約の法的性格)

次の(一)及び(二)を考慮すると、本件の契約は、売買契約であって、請負契約ではない。

(一) 被告は、物の売買をその営業内容とする商社であって造船業者ではなく、船舶を建造する施設も有していないし、船舶の建造を営業内容ともしていない。

(二) 訴外飯野と原告シンプソンとの間で交換されたテレックスの内容は、本件船舶の売買に関する交渉であり、船舶の建造契約の交渉ではなかった。

そして、売買契約においては、財産権の移転とそれに対する代金の支払についての合意があれば契約が成立するから、本件では、売買契約が成立している。

仮に、本件の契約が、船舶建造の請負契約であったとしても、完成すべき船舶は前記のとおり既に仕様書等により特定しており、その代金、支払方法、引渡時期についても合意されていたから、船舶建造請負契約としても充分成立していた。

7  (本件契約の留保条項について)

本件契約には、以下のような留保条項が付されているが、この条項には、これが決定されなければ契約が成立しないという趣旨を表明したものはない。

(一) 進水前の船体検査

この留保条項は、文字どおり進水直前の検査であり、「契約締結前の検査」とは異なる。船舶が進水する直前に船体の検査を行うのは常識であり、これは、船舶がドライドッグにある間は船底等の検査が容易に行えるからである。

前記代金の決済方法によれば、本件船舶の進水前に既に代金の支払が一部されていることになるから、進水前に契約は成立しており、右検査は契約成立後進水前に買主側が行う付随的な義務である。

(二) 売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー・リストの承認

本留保条項は、右詳細仕様書等が揃えられることが将来の定期検査、日常的な修理に必要であるから設けられた。また、残工事を右設計図等のとおりに施工することについて買主の確認をとるために必要であるから設けられたのである。従って、これは、契約成立後の付随的な義務履行の問題である。

また、船舶の建造には、膨大な詳細仕様書、設計図等が作成されるのが通常である。これらが全部合意されないと契約が成立しないとすると、契約は何時になると成立するのか分からなくなり、実際問題として、船舶を建造することは不可能となる。

(三) 建造・売買契約書の作成

船舶の売買も通常の諾成契約であり、特別の書式は必要ではない。

船舶の国際相場の変動は激しく、詳細な点を協議し、詰めるためには相当の時間を要するため、その間に相場が変動する。そのため、当事者はまず重要点について合意をして取引を確保したうえ、後日契約書を作成するのである。右重要点についての合意が当事者を拘束しないとすると、当事者が相場の変動により自由に逃げられることになり、著しい不公平をもたらす。

なお、日本中型造船工業会作成の輸出船用標準契約書の中には、完成された船舶の能力に応じて船価を調整するための価格調整条項等があるが、これらは、契約成立後に当事者間で検討し、必要な修正を加えて決定していくものであり、不合意の部分については、一般法により処理されるだけであるから、契約成立前に合意されなければならないわけではない。

(四) 日本政府の承認

輸出許可の取得は、契約成立後被告の側で行うべき義務の一つであり、契約の成立の問題ではない。

また、被告は、事前に通産省と本件船舶の売買について協議し、支払方法の定めについて通産省の事前の了解をとりつけていたから、実際には、本件で輸出許可が取得できないという事態は発生しなかった。

なお、建造許可については、既に取得していた。

(五) 詳細についての合意

何が「詳細」であるかについては、言及されておらず、この様な不明確なものを契約成立の条件とするならば、何時の時点で契約が成立するのかが不明となる。

8  (被告の自認について)

被告も、以下のとおり、本件船舶の売買契約が成立していたことについては、自認していた。

(一) 被告側は、昭和五三年一一月一三日付テレックスで、「ユアサはその義務を履行できるようなお最善を尽くしている。」と述べるなど、右契約上の義務のあることを認めていた。

(二) また、被告は契約不履行による原告からの責任追及を免れるために、昭和五四年一月には原告に対し代替船の話を持ち出した。

9  (被告の債務不履行)

ところが、その後被告は、本件船舶を訴外新山本から入手できないことを理由に右売買契約を履行しなかった。これは、当時船価が高騰しており他のバイヤーからより高額で買うという申し出が訴外新山本に対してされたため、訴外新山本の債権者が被告と協定した価格で被告に対して売ることに異議を述べたからである。

なお、仮に、被告と訴外新山本の間に本件船舶について売買契約が成立しておらず、被告と原告レオンハルトとの間に成立した契約が他人の物の売買契約であったとしても、被告は原告らとの売買契約の交渉中、常に自己を売主として表示し、訴外新山本から所有権を取得する必要があることを原告らに伝えなかったから、原告らは被告が所有者であると信じていた。

10  (原告レオンハルトの損害)

本件船舶はその後シンガポールのシン・パシフィック・プライベート・リミテッドに一二二〇万一八八五米ドルで売却された。そして、その引渡は昭和五四年八月一七日であったが、その値段の交渉はその四ないし五か月以前に行われたはずであるから、右売買価格は同年春ころの売買価格であったということができる。ところで、被告が売買契約を履行した場合には、原告レオンハルトに対して本件船舶を引渡すのは昭和五四年五月ころになったはずであり、そうすると、そのころ原告レオンハルトは、約一二二〇万米ドルの市場価格を有する本件船舶を取得できたことになる。従って、原告レオンハルトが被告の右債務不履行によって被った損害は、原告レオンハルトと被告との間の売買価格六一五万米ドルと右一二二〇万米ドルとの差額である六〇五万米ドルである。

11  (船価値上りの予見可能性)

本件船舶の売買の交渉が原告らと被告との間で行われていた昭和五三年秋には、海運業界の景気が上向きで、しかも船舶が不足していたため、船価は上昇する一方であった。被告は、船舶の売買を業とする専門家であるから、船価高騰の傾向について充分知っていた。

12  (原告シンプソン関係)

被告は、昭和五三年九月二九日、訴外飯野のテレックスを通じて原告シンプソンに対し、本件船舶の売買に関して船価の三パーセント(一八万四五〇〇米ドル)に相当する仲介料を支払う旨を約した。そして、その仲介料は、売買代金が支払われる時にその代金の中から原告シンプソンに対して支払うことを約した。

従って、原告シンプソンは被告に対し、一八万四五〇〇米ドルに相当する仲介料を請求する権利を有している。

仮に、本件に商法第五五〇条(仲介人は契約書を作成した後でなければ報酬を請求できないとする。)の適用があるとすれば、被告は本件船舶の売買契約を履行せず、原告シンプソンの右仲介料請求権を侵害したものであるから、原告シンプソンは被告に対し、不法行為に基づいて一八万四五〇〇米ドル相当の損害賠償請求権を有している。

13  (支払請求)

原告らは、被告に対し、それぞれ右損害等について昭和五四年一〇月一八日付書面で支払請求をしたが、被告は、同年一〇月三一日付書面でその支払を拒絶してきた。従って、右支払請求は、遅くとも同月三一日には被告に到達していた。

14  よって、原告レオンハルトは、被告に対し債務不履行に基づく損害賠償として、前記損害金六〇五万米ドルのうちの一部三〇〇万米ドルを一米ドル二四二円五五銭で日本円に換算した七億二七六五万円及びこれに対する請求の後の日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を、原告シンプソンは、被告に対し、主位的に仲介料として、予備的に不法行為に基づく損害賠償として、前記一八万四五〇〇米ドルを一米ドル二四二円五五銭で日本円に換算した四四七五万〇四七五円及びこれに対する請求の後の日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うように求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、原告シンプソンと訴外飯野との間のテレックスの交換により請求原因3記載のとおりの合意が成立したことは認めるが、それによって原告レオンハルトと被告との間の売買契約が成立したことは否認する。

4  (ブローカーの役割について)

同4の事実のうち、被告側に訴外飯野が、原告レオンハルト側に原告シンプソンがそれぞれブローカーとして関与し、交渉を進めていたことは認める。

しかし、原告シンプソンと訴外飯野は、仲介行為を行ったにすぎず、法律行為の代理を行ったわけではない。契約締結についてブローカーが代理権を有しているか否かについては、一般的に否定的に解されており、本件においても、原告レオンハルトは、被告と後日直接交渉を行うことを予定していた。

5  (目的物の特定について)

同5のうち、売買物件の内容が特定していたとの点は争う。以下のとおり、本件船舶の具体的な内容は特定されていなかった。

(一) (同5(二)について)

原告レオンハルトのドイツ側代理人である訴外ウニマール・シイートランスポートGmbH(以下「訴外ウニマール」という。)に対し、昭和五三年九月一一日に訴外飯野から本件船舶の概略仕様書が送付された。

しかし、概略仕様書は船舶の概略を示すものにすぎず、船舶の具体的内容は詳細仕様書を見なければ分からない。詳細仕様書が確定し、各塔載機器の種類、性能、メーカー等が決定されて初めて船舶の建造に着工できるのである。

さらに、右概略仕様書に対し、原告レオンハルトは「?」マーク等の書き込みをしており、右概略仕様書の内容をそのまま単純に承認する意思はなかった。

(二) (同5(三)について)

被告は、訴外飯野を介して原告らに対して訴外日本海重工作成の詳細仕様書は送付したが、訴外新山本作成の詳細仕様書を送付したことはない。

また、本件船舶の価格について六一五万米ドルとする旨の一応の合意が成立した際には、右詳細仕様書は原告らに対してまだ提示されておらず、右船価は、詳細仕様書に基づかずに定められたものである。

さらに、原告レオンハルトは、右詳細仕様書を入手後直ちに三五項目にわたる質問を発するなどしており、右詳細仕様書をそのまま承認する意思はなかった。

そのうえ、右詳細仕様書のうち、訴外新山本作成のものと訴外日本海重工作成のものとは、相互にエンジン出力等が異なっており、矛盾しているし、後者の詳細仕様書には、それに記載された船体番号が手書きで訂正されているなど多くの疑問がある。また、本件船舶に適用される船級及び規則等を記載した、最も重要であるジェネラル・パートに関する詳細仕様書が欠落している。

従って、原告ら主張の仕様書は、本件船舶の内容を特定しうるものではなかった。

6  (本件契約の法的性格について)

本件で契約の対象となったのは、建造中の船舶であり、少なくとも残工事については、請負契約の面を無視することはできない。

造船設備を有しない被告のような商社であっても、下請を用いて請負契約の当事者になることはできる(もっとも、被告としては、最終的には訴外日本海重工を契約当事者とする予定であった。)。

そして、本件では、前記のとおり詳細仕様書について原告レオンハルトはこれを承認する意思は有していなかった。詳細仕様書が決定していなければ船舶の建造に着手することは不可能であるから、本件では完成すべき仕事の内容が特定していなかった。

7  (本件契約の留保条項について)

同7のうち、原告らと被告との間の了解事項(請求原因3記載の合意をいう。)に原告ら主張の留保条項が付されていたことは認める(但し、留保条項(三)は、「建造・売買契約の締結」と訳するのが正しい。)。右留保条項が付されたのは、各留保条項について当事者が協議、交渉して合意が得られた場合に初めて建造・売買契約を締結するという当事者の意思を表明するためである(従って、右了解事項の成立により当事者は、その段階では単に商道徳上誠実に協議、交渉を行うことが要求されるにすぎず、法的な拘束を受けない。右了解事項は、いわゆる「レター・オブ・インテント」という文書に記載される内容である。)。

(一) 進水前の船体検査

この留保条項は、契約締結前に船体検査を行うことを意味する。

まず、本件船舶は、訴外新山本倒産後約七か月間建造途中のまま船台上に放置されていたのであり、その間の保船状態いかんによっては船殻部分の品質が著しく低下していることがありうる。そのため、契約を締結するという確定的な意思表示をする前に本件船舶を検査したいという意思を原告側が表明したのである。

仮に、原告レオンハルトと被告との間に建造・売買契約が締結された場合には、通常、船主監督が造船所に常駐して本件船舶の建造を逐次検査できるのであるから、本留保条項をわざわざ設ける必要がない。

また、仮に船体検査が進水直前にされ、原告レオンハルトが本件船舶に不満で、商談打切りになった場合には、その段階では、前記代金決済方法によれば既に船価の二五パーセントを支払ずみで進水時に支払うべき一五パーセントも調達ずみであるから、これらが無駄となって不合理な結果となる。

(二) 売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー・リストの承認

本留保条項は、最終的な船価が詳細仕様書に基づき決定されるため、契約締結の確定的な意思表示を行う前に詳細仕様書等を検査して承認しうるものかどうかを検討したいという、原告側の合理的な意思の表明である。

なお、原告側が受け取ったという詳細仕様書によって本件船舶の内容を特定しうるものではなく、また、原告レオンハルトがそれをそのまま承認する意思を有していなかったことは、前記のとおりである。

(三) 建造・売買契約の締結

通常造船契約書の中には、価格調整条項が含まれており、どの程度の重量屯、スピードの不足につきどの程度の割合で船価の調整をするか等について当事者は合意する必要がある。この点につき合意が成立しなければ、交渉打切りになってしまうのである。

また、造船契約書には、品質保証条項が含まれているが、本件では本件船舶が船台上に放置されていた期間があるため、搭載されている機器のメーカーの保証期間との関係上、右品質保証条項については特別の合意をする必要があった。

本留保条項を設けたのは、右のような事項につき交渉したうえで契約を締結しようとの当事者の意思の表明である。

既に契約が成立しているならば、契約が締結されることを留保条項とすることは、自己矛盾となる。

(四) 日本政府の承認

通産省の輸出許可を取得するためには、両当事者が署名した正式契約書を提出する必要があり、前記了解事項を記載したテレックスでは許可申請はできなかった。

建造許可については、訴外新山本が既に運輸省に対し提出していた建造許可申請を取下げる必要があったが、当事訴外新山本の債権者が同意しない限り、右取下げはできない状況にあった。

(五) 詳細についての合意

本留保条項は、「買主の名前」(原告レオンハルトは買主として他人の名前を使う予定であった。)、「売主の名前」(被告も訴外日本海重工を契約当事者とする予定であった。)、「買主の銀行」、「引渡の条件」等に関するものであり、その内容が不明確であったわけではない。

なお、右のことは、原告ら主張の契約成立時においては、契約当事者が誰になるかさえ決まっていなかったことを意味する。

8  (原告ら主張の「自認」について)

前記のとおり、原告らと被告との間の了解事項は、法的拘束力はないが、これによって商道徳上の義務は生じる。そのため、被告は、商道徳に基づき原告レオンハルトに対して代替船を提示したのである。

9  (原告ら主張の「債務不履行」について)

訴外新山本の債権者が本件船舶を訴外新山本において完成することを決したため、被告ないし訴外日本海重工は本件船舶を取得できなかった。

しかし、本件では、売買契約は成立していないのであるから、債務不履行ということもない。

10  (原告レオンハルトの損害について)

まず、原告レオンハルトと被告との間の船価六一五万米ドルという合意は、搭載機器のメーカーいかんにより、あるいは仕様の変更、完成後の重量屯の増加により変更されうるものであった。

また、シン・パシフィック・プライベート・リミテッドに対しては、本件船舶は中古船として売却された。そして、中古船の場合には、通常契約締結時に船価の一〇パーセントを支払った後に残余を引渡時に一括して支払う。そのため、右船価には、引渡時までの金利が上乗せされている。従って、右金利を差し引く必要がある。

11  (原告シンプソン関係)

原告シンプソン主張の船価の三パーセントの仲介料の中には船主のアドレス・コミッション(戻し口銭)として原告レオンハルトが取得するものも含まれている。そしてその額については、合意がされておらず、従って原告シンプソンが取得できる額についても合意がなかった。

12  (支払請求)

請求原因13の事実は認める。但し、昭和五四年一〇月三一日付書面というのは、同月三〇日付の書面である。

13  同14は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因1の事実を認めることができ、同2の事実については当事者間に争いがない。

二  そして、本件船舶について、訴外飯野と原告シンプソンの間のテレックスの交換により、昭和五三年一〇月二〇日請求原因3記載のとおり、船価、引渡時期、代金決済方法について合意(以下「昭和五三年一〇月二〇日の合意」ともいう。)が成立したことは、当事者間に争いがない。そこど、右合意の成立により原告レオンハルトと被告の間に売買契約が成立したといえるか否かについて以下検討する。

《証拠省略》を総合すると、以下の1ないし5の各事実を認めることができる。

1  昭和五三年七月の終わりころ、被告の機械本部機械貿易部機械第一課において船舶の売買の仲介を担当していた訴外大久保史也(以下「訴外大久保」という。)は、訴外新山本の代表取締役専務であった訴外竹内から、その当時訴外新山本の高知工場の船台上で建造途中のまま工事が中止されていた本件船舶の処分について相談を受けた。本件船舶は、当初ドイツのゼッペンフェルトという会社の管理下にある会社の注文により建造されていたが、訴外新山本の経営が行き詰まり、昭和五三年二月八日に神戸地方裁判所に和議申請をしたため、進水まであと四五日の状態(主機関はまだ搭載されていなかった。)(以下「本件船殻」ともいう。)で工事が中止されていたものである。なお、進水後完成までは、約三か月を要するのが通常であった。

2  そして、訴外大久保は、同年八月二〇日ころ、訴外新山本の神戸本社において訴外竹内と会い、右船殻の処分については、訴外新山本の債権者の同意が間違いなくとれ、また、右船殻の状態は比較的良好なので自信をもって勧められる旨の話を同人から聞いた。そこで、訴外大久保は、右船殻を被告において買い取った後訴外日本海重工において建造工事を完了したうえ第三者に売却しようと考え、同年八月の終わりから九月初めにかけて訴外日本海重工の営業部次長、基本設計部次長らとともに右船殻を訴外新山本の高知工場まで見に行った。訴外日本海重工の右社員らは、細部にわたって右船殻の現状を検査したうえ、訴外日本海重工において工事を続行しても支障がないとの結論を出した。そのため、訴外大久保は、訴外竹内に対し、右船殻の価格として三億五〇〇〇万円程度でどうかとの話をしたところ、訴外竹内はこれを了承した。

3  他方、訴外飯野の企画部船舶業務課で船舶の売買の業務を担当していた訴外金子嘉弘は、被告の社員から本件船舶についての情報を取得し、昭和五三年八月二〇日ころ訴外大久保に会い、本件船舶の取引についての仲介業務を担当させてほしい旨を申し入れた。そして、訴外飯野のロンドン支店を通じて、完成予定の本件船舶についての情報(載貨重量屯、コンテナの積載能力等を記載したごく簡単な情報である。)を原告シンプソンに伝え、その後、コンテナの重量等に関する説明をさらに付け加えて伝えた。原告シンプソンは、これらの情報を原告レオンハルトの代理人である訴外ウニマールに対し伝えた。さらに、訴外大久保は、同年八月終わりころ、完成予定の本件船舶について概略仕様書を作成し、この概略仕様書は原告シンプソンを通じて同年九月一一日ころ訴外ウニマールに渡された。右概略仕様書には主要寸法、載貨重量、総屯数、船級・規則、容量、航海速力、耐久度、定員、甲板機械、ハッチカバー、主機関等の本件船舶に関する主要な項目が記載され、原告シンプソンは、右概略仕様書を訴外ウニマールに送付する際、「現在、我々は本件船舶の全仕様を説明した仕様書を入手しようとしているが、とりあえず、同封の概略仕様書は、本件船舶の一応の仕様を説明しており、あなたの要求される基準に本件船舶をもっていくためにどのような作業が必要かその予想に役立つでしょう。」とのコメントを加えた。

4  その後同年九月二八日に、原告シンプソンは、訴外飯野に対し本件船舶について、「価格六〇〇万米ドル、引渡の際現金で支払う。訴外新山本での進水前に船体検査を行うことを条件とする。売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー、リストの承認を条件とする。建造・売買契約が後日締結されること、詳細について合意されることを条件とする。」旨の原告レオンハルトのいわゆるファーム・オファー(一定期限までに返事があれば確定的となる申し込み)をテレックスで伝えた。これに対し、訴外飯野は、翌二九日に、「我々は、買主のオファーを受諾する権限を売主の被告から与えられている。但し、価格は、六三〇万米ドルから買主の手数料を含む全部で三パーセントの手数料を差し引いた価格とし、支払方法は、契約調印の際に、一〇〇パーセントの信用状を開設し引渡の際に支払うか、または引渡までに五〇パーセントを現金で支払い、残額五〇パーセントを引渡の際支払うこととする。また、引渡は契約調印の約五か月後とし、日本政府の承認を条件とする。なお、価格については、六一〇万米ドルまで下げられる裁量の範囲を与えるが、できるだけ高く決めるように最善の努力を期待する。」旨を原告シンプソンに対しテレックスで伝えた。これに対し原告シンプソンから同日「価格六一五万米ドルより買主の手数料を含む全部で三パーセントの手数料を差し引いた価格を確認し、支払方法を除く全ての条件を受諾する。」旨をテレックスで伝え、本件船舶についての代金額、引渡時期、留保条項についての合意が成立した。

さらに、その後、訴外飯野、原告シンプソン間では、代金の支払方法をめぐってテレックスによる交渉が続けられるとともに、同年一〇月一九日には右のとおり合意が成立した代金額、引渡時期、留保条項について再度確認した。そして、翌二〇日には、請求原因3(三)記載のとおりの代金決済方法についての合意が成立した。

5  以上の原告シンプソンと訴外飯野のテレックスによる交渉では、テレックスの表題として「一八〇〇〇載貨重量屯新造船転売に関する件」という趣旨の記載がされ、また、原告レオンハルトを買主、被告を売主として交渉がされていた。また、訴外飯野の原告シンプソンに対するテレックスは、その都度被告に転電されていたが、被告からは前記のテレックスに対して異議を述べたことがなかった(なお、証人大久保史也は、訴外飯野に対して、被告を売主として表示したテレックスに対して不穏当ではないかとの申し入れをしたとの証言をしているが、証人金子嘉弘は右事実を否定していること、《証拠省略》によれば、その後もテレックスでは「売主」という言葉が用いられて交渉が続けられ、その売主が被告ではないとの修正がされた様子も窺われないことが認められ、この事実に照らすと証人大久保史也の右証言はにわかに措信できない。)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、訴外飯野と原告シンプソンとの間では、進水まで四五日(そして完成までは、さらに約三か月)のところまで工事が進んでいた船舶について、概略仕様書に基づき完成後の状態を予想して商談を進め、昭和五三年一〇月二〇日には、その代金額、引渡時期、代金決済方法について合意が成立したことが認められる。そして、右の商談においては、テレックスの表題に「転売に関する件」と表示され、原告レオンハルトを買主、被告を売主として交渉が進められていたのであるから、その交渉の内容は売買契約締結に関する交渉であったことは明らかである。

ところで、《証拠省略》によれば、原告レオンハルトは、原告シンプソンを通じて昭和五三年一〇月初めころ本件船舶に関する「容積図」、「中央断面図」、「一般配置図」等の図面を受領し、また、同月一〇日ころには、「機械部装備」や「電気装備」等に関する詳細仕様書及び「下請契約者一覧表」を受領したことが認められる(但し、これらの詳細仕様書の中には、本来、本件船舶と姉妹船に当たる船体番号二一〇号または二一二号船の詳細仕様書であったと思われるものも含まれていたことが認められる。)が、原告シンプソンと訴外飯野との交渉においては、昭和五三年九月二九日の段階で既に代金額については合意に達しており、その後は代金決済方法について交渉が進められていたことは、前認定のとおりであり、代金額についての合意が成立した時点では原告レオンハルトは右図面、詳細仕様書、下請契約者一覧表を入手していない。

しかし、本件船舶は、前認定のとおり、既に建造に着手され、進水前四五日というような状態になっていたのであり、証人谷川久の証言にあるとおり、建造すべき船舶の内容は既に決定されたうえでその建造に着手しているはずである。そして、当事者は、既に決定されている内容についての基本的な部分を前記概略仕様書によって知ることができたのであるから、本件船舶は売買の目的として充分特定されていたと解するのが相当である。

また、訴外飯野は、右交渉の際、原告レオンハルトのオファーを受諾する権限が売主の被告から与えられている旨を原告シンプソンに対して伝え、このテレックスは被告に対しても転電されたが、被告がこれに異議を述べていなかったという前認定の事実からすると、訴外飯野は、被告から右売買契約締結の代理権を与えられていたことが推認できる(証人梅野紀二は、右のようなブローカーの言い回しは、常とうの表現であり、契約締結の代理権があることを示したものではない旨証言するが、証人梅野紀二の証言は新造船の建造・売買契約の調印を行う権限について証言しているものとも解され、右判断を左右するものではない。)。

以上の検討によれば、原告レオンハルトと被告の間には、本件船舶について、売買契約の要素である特定の財産権の移転とその代金について合意が成立したことになる。

一般に売買契約の要素とされている右事項について当事者間に合意が成立すれば、右合意の時点で原則として売買契約が成立するが、当事者は、右の事項以外の一般的には付随的事項と解されるものについても、特にその重要性を認めこれを売買契約成立の要件とすることができる。そして、この場合には、これらの付随的事項についても合意が成立しない限り、売買契約が成立したものとすることはできない。そこで、以下昭和五三年一〇月二〇日の合意に付された前認定の留保条項中に、右のように当事者間が特にその重要性を認めて売買契約成立の要件としたものがあるか否かについて検討を加える。

そして、まず、右留保条項のうち、「売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー・リストの承認」について検討する。

《証拠省略》によると、以下の1ないし4の各事実を認めることができる。

1  原告レオンハルトが昭和五三年一〇月一〇日ころ原告シンプソンを通じて本件船舶の「機械部装備」等の詳細仕様書及び「下請契約者一覧表」を受領したことは、前認定のとおりであるが、これを送付する際、原告シンプソンは、訴外ウニマールに対し、「買主が本件船舶の仕様につき同意し、本件船舶を購入する意思のあることを確認して下さい。」と付記していた。そして、その直後の一〇月一三日に原告レオンハルトは、原告シンプソンに対し下請契約者一覧表のうち、選択の対象として複数の業者名が記載されていた甲板機械等の一〇項目について最終的に決定された業者名を知らせてほしいこと及び機関室配置図、主機と発電機の工場内試運転の結果等、三五項目にわたる図面、計算結果を入手できるか否か、入手できるのであれば、原告レオンハルトが取得できる一番早い日付を確かめてほしいことをテレックスで伝え、そのテレックスは訴外飯野を経由して被告に伝えられた。

2  これに対して、訴外飯野は、同月一五日に、売主は買主からの右の技術的な質問に対して、支払方法に関し合意が成立した後に回答する旨の被告の返事をテレックスで伝えたが、原告シンプソンは、同月一七日に「買主の質問に対する売主の回答を至急待っている。」旨を訴外飯野に伝えた。そして、さらに、原告シンプソンは、同月一九日には訴外飯野に対し、「買主は、買主の質問に対する完全な回答を貴下が与えることができなかったことに非常に失望している。」としたうえで、買主は、次の点が重要なので売主がこれを最優先することを要請しているとして、前記一〇項目の業者名のうちの四項目と三項目の計算結果等のうちの三項目をあげ、その回答を求めるとともに、他の質問に対する回答も大いに助かる旨を付記して伝えた。

3  しかし、同月二〇日に訴外飯野は、売主の回答として右の四項目の業者名のみを伝え、他の質問について回答できない理由として、訴外新山本倒産後その職員が不足して文書作成等に若干の混乱があることをあげた。そして、原告レオンハルトの同月一三日付の質問については買主の検査人と直接日本で造船所において詳細に協議したい旨の売主の意向を伝えた。

4  これに対して、同月二〇日、原告シンプソンは、原告レオンハルトの回答として「レオンハルト氏は彼の技術監督のうちの二人の者とともに喜んで日本に行く用意がある。」旨を伝えた。しかし、その後訴外飯野は、同月二七日に、訴外新山本の債権者に対しいろいろなバイヤーから被告よりも高い値段で本件船殻を買い取るという申し込みがされているため、訴外新山本の債権者が動揺し、被告は訴外新山本から本件船殻を買い取る契約を一一月一〇日前には締結できず、そのため、被告は、買主の前記質問に回答を与え、買主の検査人を受け入れる立場には現在ないと言っている旨を伝えてきた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告レオンハルトが、原告シンプソンを通じて被告に対し、昭和五三年九月二八日に本件船舶について船価六〇〇万米ドルで買う旨の最初のファーム・オファーを行った段階から、「売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー・リストの承認」を留保条項として付加していたことは、前認定のとおりであるうえ、右の1ないし4に認定した事実によれば、原告レオンハルトは、同年一〇月一〇日ころ、本件船舶の「機械部装備」等の詳細仕様書及び下請契約者一覧表を受領した後、直ちに、右詳細仕様書、下請契約者一覧表(《証拠省略》によれば、その内容は、留保条項のメーカー・リストと同一であると解される。)について多項目にわたる質問をし、その回答を至急求め、被告側の都合により回答できない部分については、直接協議するために来日することまで予定していたのであるから、右詳細仕様書及びメーカー・リストを承認できるか否かが原告レオンハルトにとって重要であったことが推認でき、これを契約成立の要件としていたと解するのが相当である。

なお、右留保条項中の設計図については、証人梅野紀二の証言によれば、一般配置図と中央断面図を意味することが認められるが、《証拠省略》によれば、原告レオンハルトは、同年一〇月初めころ右一般配置図と中央断面図等を受領した後、機関室配置図等のさらに詳細な図面や旧船主が承認した図面のリストが入手できるか否か等の図面に関する多数の質問を同月一三日にしたことが認められ、この事実を考慮すると、右設計図を承認できるか否かもやはり原告レオンハルトにとって重要であり、その承認ができることも契約成立の要件にしていたと解するのが相当である。

右留保条項につき、証人谷川久は、契約成立前にあらかじめ決定していなければならないほど重要ではない仕様、図面等であっても、全部揃えておくことが今後転売するためには便宜であるから、右留保条項を設けたのであり、それは、契約成立後に右のような仕様、図面の内容を詰めておくという、契約成立後の手続きを定めたものであるという趣旨の証言をしている。しかし、原告レオンハルトにとって、詳細仕様書、図面、メーカー・リストの承認が重要であったことは、前認定のとおりであり、右証言を採用することはできない。

また、原告は、船舶の建造には、膨大な詳細仕様書、設計図等が作成されるから、これらが全部合意されないと契約が成立しないとすると、契約が何時成立するか分からなくなる旨の主張をしている。しかし、本件では、原告レオンハルトは昭和五三年一〇月一三日に詳細仕様書、設計図、メーカー・リストについて質問をした後、被告の都合で回答できないものについては来日して直後協議することまでも予定していたことは前認定のとおりであり、右承認をするか否かを決定するため積極的な態度を示していたことが認められるうえ、《証拠省略》によれば、同年一一月一三日には、原告シンプソンは訴外飯野に対し「買主は、一〇月一三日及び同月一九日にした質問以外に質問はない。」と伝えていることが認められ、これらの事実によれば、詳細仕様書等の内容のうち契約締結前に承認を要する事項には自ら限度があり、現に本件においても近いうちに右承認ができるか否かにつき決定がされることが予想できたのであるから、原告の右主張は採用できない。

なお、原告シンプソン代表者本人は、原告レオンハルトは、前記詳細仕様書、設計図、メーカー・リストについて異存がないと述べており、承認していた旨を供述しているが、原告レオンハルトが右詳細仕様書等につき多くの質問をし、その回答を至急求めていたことは、前認定のとおりであり、この事実に照らすと原告レオンハルトが右詳細仕様書等を承認していた旨の右供述を措信することはできない(昭和五三年一一月一三日に、原告シンプソンが、買主には、一〇月一三日及び同月一九日にした質問以外に質問はない旨を訴外飯野に伝えたことは前認定のとおりであるが、被告が右質問に回答を与えたことを認定しうる証拠はないから、右の質問以外に質問がなくとも、右詳細仕様書等を承認したことにはならない。)。

また、原告シンプソン代表者本人は、原告レオンハルトの代表者が、本件の売買契約の交渉が始まる前に前記ゼッペンフェルトから個人的に本件船舶の情報を入手しており、本件船舶の仕様は、原告レオンハルトが望む水準に達していることを確信していたという趣旨の供述をしている。しかし、その後原告レオンハルトが本件船舶の詳細仕様書等を入手し、それについて多数の質問をしたことは、前認定のとおりであり、この事実に照らすと、あらかじめ原告レオンハルトが右仕様書につき、同原告の望む水準に達していることを確信していたという右供述を措信することはできない。

以上の検討によれば、留保条項のうち、「売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー・リストの承認」は、これを売買契約成立の要件とするのが当事者の意思であり、その意思を表明するために、原告レオンハルトは、昭和五三年九月二八日の最初のファーム・オファーの際に右留保条項を明示したと解すべきである。そして、本件では右留保条項にいう承認は、結局、されていなかったものである。

次に、前記留保条項のうち、「建造・売買契約の締結」について検討する。

《証拠省略》によると、以下の1ないし4の各事実を認めることができる。

1  代金決済方法について交渉を継続していた昭和五三年一〇月一五日、原告シンプソンは、訴外飯野に対し、買主が今週末に日本に行く用意がある旨を伝えたうえ、契約書式について、被告の手元に書式があるか否か、日本の標準書式を採用すべきか否かを問い、買主は日本に行く前に書式を欲しがっている旨を伝えた。

2  同月二〇日に原告シンプソンが訴外飯野に対し、原告レオンハルトは、彼の技術監督のうちの二名とともに日本に行く用意がある旨を伝えたことは、前認定のとおりであるが、その際、原告レオンハルトが、他の交渉で使用したことのある契約書式を既に被告側に本件の取引の基本として使用してはどうかと提案してあり、日本に行く前にその契約書式についての被告の意見を聞きたいと原告レオンハルトが希望している旨を伝えた。

3  これに対し、訴外飯野が、同月二七日に、被告は訴外新山本から本件船殻を取得するための契約を同年一一月一〇日前には締結できない状態にあるため、買主の検査人を受け入れる立場にないと言っている旨を原告シンプソンに伝えたことは、前認定のとおりであるが、その際、被告は、右書式についても同様に、回答を与える立場にないと言っている旨を伝えた。そして、結局、本件では、契約書は作成されていない。

4  なお、原告レオンハルトが他の交渉に用い、本件の取引の基本として使用してはどうかと提案した右書式中には、完成後の船舶が契約した際に明示された速力よりも速力が不足する場合に不足した速力何ノットにつき船価をいくら減額するというような価格調整条項や、完成した船舶を引き渡した後、その瑕疵を無償で補修する期間を定めた品質保証条項等がある。これらの条項は、一般に契約当事者にとって重要であり、しばしばその条項に関する交渉をめぐって利害が対立するものである。

右書式は全文二〇条の条項からなり、極めて詳細かつ長文のものである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

原告レオンハルトは、昭和五三年九月二八日に最初のファーム・オファーをした時から、本留保条項を付加していたうえ、右認定の事実によれば、本件船舶の代金の決済方法についての合意が成立する以前から被告に対し契約書式について質問し、以前用いた契約書式を本件でも取引の基本として用いてはどうかと自ら提案して被告の意見を求めるなどしており、しかも、提案された書式中には、価格調整条項、品質保証条項など一般に契約当事者の利害が対立するような条項が含まれていたのであるから、原告レオンハルトにとっては、一定の書式を用い、価格調整条項等の条項について合意に達したうえで契約書に調印することが重要であって、これを売買契約成立の要件とする意思があったものと解するのが相当である。そして、その意思を表明するために本留保条項を設けたものと考えられる。

《証拠省略》は、契約の書面化は、売買の要素ではなく、付随的事項について当事者が細目を協定し、それを後日の紛争防止のために証拠とすることを主たる目的としているというものであるが、原告レオンハルトにとっては、契約書式を用いて契約書を作成することが重要であったことは、右に認定したとおりであるから、本件については右の意見をそのまま採用することはできない。

以上の検討によれば、本件の留保条項中、少なくとも「売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計図、メーカー・リストの承認」及び「建造・売買契約の締結」は、ともに本件売買契約成立の要件であり、結局これらのいずれもが行われていない本件では、売買契約は成立していないというほかはない。

なお、《証拠省略》によれば、訴外飯野は、昭和五三年一〇月二七日に、原告シンプソンに対し、被告は、原告レオンハルトとの契約を維持するために努力していると伝え、また、同年一一月一三日には、被告は、その義務を履行できるようになお最善を尽くしていると伝えたこと、さらに昭和五四年一月五日には、訴外飯野は被告の意向として、「我々は貴下との約束を果たす義務を誠実に感じている。現在我々は、我々の代替船を貴下にオファーすべくあらゆる努力をしている。」旨を原告シンプソンに伝え、これを原告レオンハルトにさらに伝えるように依頼したこと、そして、同年二月二八日には、実際に被告から原告レオンハルトに対し、代替船のオファーがされたことが認められる。

これらの事実によれば、被告が売買契約の成立を認め、それから生じる売主の義務を被告が負っていることを認めていたかのようにも受け取れないこともない。しかし、《証拠省略》にあるように、昭和五三年一〇月二〇日の合意は、それによって売買契約が成立したとはいえないにしても、商道徳上の義務は生じると解すべきであるから、被告は、右のような商道徳上の義務を認めて、その義務を感じている旨を原告側に伝えるとともに、その義務の履行として代替船のオファーを行ったと解することができる。そうすると、右の事実は、原告レオンハルトと被告の間に売買契約が成立していないという前記判断を左右するものではない(従って、被告が右のような契約上の義務を認めるかのような言動をとった事実をとられて、原告レオンハルトと被告の間の売買契約の成立を認定すべきであるとする証人谷川久の証言は採用しない。)。

以上の検討によれば、結局、原告レオンハルトと被告の間には、本件船舶についての売買契約の成立を認定することはできない。

三  よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 気賀澤耕一 都築政則)

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